blog

台所

2015.11.04

私のお母さんの台所
廊下に2口コンロと、簡易テーブルがあるだけの小さな場所
流しは少し離れたところにあって、シンクとは呼べない、洗面台くらいの小さな流し場です
流し場の窓は雪国なのにいつも少し空けてある
閉めればいいのにと言っても、そこから山が見えるからそれでいいみたい
冬は信じられない位寒い、あの台所
でも、あの場所から作られたごはんが、私の血と肉になって、私は今大人になりました

どんなに小さな台所でも、そこが生きている台所ならきっと関係なくて
作りたい気持ちと食べる相手の身体を想う気持ちで溢れていて
美味しいものはどんな場所からだって、生まれるんだ

きっと、どこか遠くの道具がなくても
お皿だってないかもしれない場所でも

だって、あんなに狭い台所で信じられない位美味しいごはんが出てくるんだから

生きている台所には、暖かさがあって、そこから生まれたごはんに
今日も明日も励まされてみんな生活している

たまに自分の台所がなんだか死んでいる時がある、きちんと片付けてあるのに
ごめんねと思う
日々という言葉に嘘のないように
作るものや道具に惑わされずに
私は今日も明日もごはんを作っていこうじゃないか!

小さな頃夜ごはんを食べた後にお父さんのお店のカウンターに座るのが好きだった
あの活気に溢れた厨房も今はぼんやりとしか思い出せないけれど、大好きなお父さんのいるとても暖かい場所だった

ホームページのすみに書いてある、お豆腐ステーキはお父さんが作ってくれた大切な思い出の料理です

なんともまとまらない文章だけど、まぁいいか

gbv